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 TOPページの橋梁の説明

このページの写真は全て当社社員の撮影です。
黒川発電所 膳棚水路橋 栃木県那須町
黒川発電所 膳棚水路橋 栃木県那須町
黒川発電所 膳棚水路橋 栃木県那須町
黒川発電所 膳棚水路橋 栃木県那須町
 大正10年にしゅん功した黒川発電所膳棚水路橋(くろかわはつでんしょ ぜんだなすいろきょう)は,現在の東京電力の前身である塩那電気が那須町稲沢地区に発電所の導水路橋として建造しました.
 形式はRC造のラーメン橋です.3本の柱にX字型の筋交が配置されている橋脚が特徴で,上部工は3本のT桁と水路部が一体となっています.
 東北本線の黒磯駅から車で約20分,ルートによってはやや分かり難いかも知れませんが,水害や地震に耐え,今日も現役で活躍する100m余りの橋長を有する同橋は,今なお現役です.
 平成20年には,土木学会選奨土木遺産にも認定されました.

 以前TOPページに掲載した橋梁


浦舟水道橋 横浜市南区
浦舟水道橋 横浜市南区
浦舟水道橋  道路橋として設計された「浦舟水道橋」は,現存する日本最古のピン結合のトラス橋とされています.当初架設された明治26年からは格間数は変更されていて,現在は人道橋として多くの人たちに利用されています.材料にはシェルトン社製の鋼材が多く使用されています.
 設計者は神奈川県技師の野口嘉茂氏で,この橋梁のほかに吉浜橋,港橋(いずれも当時の橋名)の設計も手掛けていたようで,明治の横浜写真絵葉書図鑑に,その姿が確認できます.
 「浦舟水道橋」は,かながわの橋100選,横浜市認定歴史的建造物に認定されています.

浦舟水道橋 浦舟水道橋
浦舟水道橋 浦舟水道橋 架橋されている中村川では,レガッタ の練習に出会えることもあります.

跨虹橋 広島市中区
跨虹橋 広島市中区
 大名庭園の先駆けとして注目される縮景園は、広島浅野藩初代藩主である浅野長晟が、1620(元和6)年から築成したとされますが、1758(宝暦8)年の大火により建物の多くを消失します。その後1783(天明3)年に京都の庭師:清水七郎右衛門による大改修が行われ、跨虹橋は現在の形になったとされています。
 跨虹橋は縮景園の濯纓池(たくえいち)に架かる、長さ27.4m×幅2.1mの橋で、花崗岩製です。
 1945(昭和20)年に投下された原爆により、縮景園は壊滅的な状態となりましたが跨虹橋は原形を留め、戦前の景観に復元整備され現在に至り、日本百名橋の番外20の橋に選定されています。
跨虹橋 跨虹橋

日本橋 東京都中央区
日本橋 東京都中央区
 初代日本橋は、江戸幕府の開府と同時に日本橋川に架橋され,現在の橋は数えること20代目となります。1999年には日本の国道としては初めて国の重要 文化財に指定されました。
 江戸時代には五街道の起点と定められ、橋梁の中心には道路元標(道路の起点)が埋め込まれています(写真は橋詰にある複製です)。
 日本橋の歴史等を書き記した案内では、木橋であった頃の風景や関東大震災前の魚河岸と日本橋川の様子等も知ることができます。
注:左の写真と下の写真は,案内板を撮影したものです
 橋名板:徳川慶喜の書

御橋廊下 和歌山県和歌山市
御橋廊下 和歌山県和歌山市
第2広瀬川橋梁  「御橋廊下」は,和歌山城内に架かる木製の橋で,西の丸と二の丸を結んでいます。現在の橋は平成18年に再建されたものです。
 この橋を渡ることができたのは藩主と御付の人とされていて、外からその姿を隠すために屋根が設けられたと、説明されています。
 長さは約27m、その勾配は19.4%程度と大きな勾配で、滑らないために、左の写真の様に歩面は階段状になっています。

 和歌山城内には、大手門前に一の橋という木橋も架けられています。

第2広瀬川橋梁 宮城県青葉区
第2広瀬川橋梁 宮城県青葉区
 1931年(昭和6年)に開通した「第2広瀬川橋梁」はJR東日本仙山線の陸前白沢駅と熊ヶ根駅との間に架橋されているトレッスル橋で、最高橋脚の高さは40mを超えていて、国内の現役のトレッスルでは最も橋高が高いとされています。              
  「第2広瀬川橋梁」を起点に山形方面へ向かうと作並駅がありますが、この駅では近年市民グループの手により蒸気機関車の転車台が発掘されたそうです。また、作並駅の手前には紹介した橋梁と同形式の「新川川橋梁」が、現在は使われていない八ツ森駅付近に架かっています。
第2広瀬川橋梁

神子畑鋳鉄橋 兵庫県朝来郡
神子畑(みこばた)鋳鉄橋
 兵庫県朝来郡にある「神子畑(みこばた)鋳鉄橋」は明治16年から18年にかけて建造された日本初の全鋳鉄製の橋梁で、国指定の重要文化財となっています。
 神子畑鋳鉄橋は明延(あけのべ)鉱山から採掘された鉱石を、神子畑選鉱所で選鉱して生野(いくの)精錬所へ運搬する経路の途中に架設されました。現在は撤去されていますが、かつて橋の上にはレールが敷かれ鉄道馬車やトロッコが往来していたそうです。
神子畑鋳鉄橋
橋脚部分です