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橋梁について

旧祓川橋 福島市太子堂

 福島市森合付近からの湧水を集め,信夫ヶ丘緑地公園で松川に合流する祓川は,途中,山岳信仰の山として知られる信夫山の南側を通過します.現在,福島県の県庁通りの北の突き当りがこの場所となりますが,ここに第11代徳川将軍 徳川家斉の時代1774年(安永3年)に古関三郎治が橋長8.5m,幅員は3.4mの石橋 祓川橋を寄進しました.古関三郎治は古関裕而の曾祖父で,呉服屋「喜多三」を経営していたとのことです.

要石は上下流でデザインが異なり鶴と亀が彫刻されています

 信夫山は信夫三山とも称され,構成は熊野,羽黒山,羽山の三山です.祓川橋は羽黒山の参道入り口に位置し,信者たちは祓川で身を清めた後に祓川橋を渡って羽黒山に入山したと伝えられています.

 祓川橋は硬度が高い花崗岩で構築されています.同じ石橋でも,第12代徳川将軍 徳川家慶の時代1847年(弘化4年)熊本県に架橋された霊台橋(橋長89.9m,幅員5.5m 国指定重要文化財)は溶結凝灰岩が使用されており,両者の材質には違いがみられます.

霊台橋(撮影 2015年)

 祓川橋は東北で唯一の江戸期の架橋と記録されています.1970年(昭和45年)に現在地に移設後1973年(昭和48年)に福島市の市指定有形文化財(建造物)に指定され,旧祓川橋として現在に至ります.

※掲載している写真は、全て弊社社員が撮影したものです。